わたしたちの「身体性」と、風土に根ざす「事物的要求」とが交錯する抽象空間としての日本建築。本展では、建築的なアプローチをもつアーティスト・松延総司と、現代アートの視座をもつ建築家・中村竜治を招聘し、建築と美術の双方に横たわる抽象性を探求します。また、会場となる「瑞雲庵」を展示空間としてではなく、日本建築の構造と歴史性を宿した「表現の共同制作者(エージェント)」として迎えたこの3者をとおして、わたしたちの知覚と抽象空間との関係性を再考するとともに、現代の身体性に問いを投げかけます。
日本建築は、工学的・物理的な条件である「事物的要求(もの)」と、人間のふるまいや経験の次元である「身体性(こと)」とが交わる空間として立ちあがってきました。ワルター・グロピウスが桂離宮に見出した「生活に即した設計」★1や、堀口捨巳がとらえた「事物的要求を充たす工学技術」★2が物語るように、過剰な様式や装飾を削ぎおとす形式の抽象化――すなわち、工学的・構造的条件へと純化された「もの」の実践は、たんなる物理的実体をこえて「こと」の世界を引きよせ、形なき経験や時間を空間の中に浮かびあがらせます。
本展では、この日本建築における「もの」と「こと」の関係を、美術による「表意性(意味を表す性質)の脱構築」を通してゆるやかにずらし、瑞雲庵という建築そのものを自省的かつ批評的な抽象空間へと昇華させます。松延の《棚》は、棚本来の機能を脱構築することで、その意味や用途をあらわにし、わたしたちの身体にはたらきかける表意性をゆさぶります。意味的にも機能的にも物が置かれることを拒絶する「完結した棚」の存在を前に、わたしたちは果たしてどう振るまうでしょうか。箱の内側に箱の影をうつしだすライトボックス《Dimensional box》もまた、従来の収納としての機能が欠落しています。しかし一方で自然光がうつろう本展において、本作は空間の光に干渉する照明であり、影を浮かび上がらせる調度品ともいえます。こうした多義性をともなって空間へはたらきかける美術的介入は、既成の役割から作品を解放して純粋な「もの」として立ちあがらせ、鑑賞者の身体的経験を前景化させます。そして、ものと鑑賞者のあいだに交わされていた暗黙の約束事(こと)を欠落させ、あらたな抽象の位相へと誘うのです。★3
日本建築が内包する抽象性を浮かびあがらせる、もう一つのアプローチが「視点の限定と省略」です。かつて写真家・石元泰博は桂離宮の細部に肉薄し、それを白黒の平面パターンへと解体することで、そこに潜む抽象美をとらえました。こうした視点の限定は、三次元的な空間観念や構造的秩序を、純粋な平面上の美的均衡へと結実させる日本建築の構造的特質をあらわにします。★4
しかし、ここで立ち現れる「平面性」とは、絵画の遠近法がもたらす「不変の固定視線を前提とした静的な平面」ではありません。それは、障子や襖、畳といった平面のレイヤーが幾重にも重なりあい、鑑賞者の身体移動に応じて可動的に立ちあらわれる、動的な「視覚のフレーム」なのです。限定された細部をとらえる散漫な視線が、空間の全体像を想起するとき、わたしたちの知覚は抽象と具象のあいだを絶え間なく往復します。★5
この「視点の省略」と「散漫な視覚体験」の双方を体現する中村の《屏風の彫刻》。木板を連結・自立させた二枚の低く長い屏風が母屋を三分する本作は、和室本来の間仕切りを横断し、空間のあり方はもとより、鑑賞者の動線や視線をドラスティックに変化させます。立位において視界を水平に切りとる本作は、見過ごされがちだった背景の柱や調度といった建築要素を際立たせるにとどまらず、日本建築特有の起居様式にともなう垂直的な身体移動を鑑賞者へとはたらきかけます。ひとたび腰をおろすと、作品は新たな空間の仕切り(建具)へと姿を変え、身体を包み込むような包摂性と瞑想性を同時にもたらすのです。
その一方で本作は、南北の開口部から招来する光や風によりそう調度品としての一面をみせ、瑞雲庵の様態を引きたてます。外からさしこむ太陽光は、作品や室内に普段とはことなる光影の平面パターンをうつしだし、時間とともにうつろう出来事(抽象的な「こと」)を空間におのずと立ちあがらせます。さらに、空間的に一つながりである母屋を動線的に切断(分棟化)し、鑑賞者を「庭」へと案内し、茶室の露地を渡るかのような身体的シークエンスを促すことで、単一の視点から解放された自由で散漫な鑑賞体験へとひらいていくのです。
「もの」と「こと」が織りなす空間のなかへ身をくぐらせ、固定化された具象性や意味を脱した先にかすめられる抽象の相貌。風土から醸成された日本建築に光と影をよびこみ、作品がそれらを脱構築するときに訪れる出来事。建築と美術がもつれあうこの場で、世界を知覚するすべを共有すること。わたしたちはここに、社会に新たな交感をひらく批評的実験の場をともに立ちあげたいと思います。★6
★1 ワルター・グロピウス「日本における建築」、『桂 KATSURA 日本建築における伝統と創造』、写真:石元泰博、造型社、1960年、15頁参照。
グロピウスは桂離宮の設計を虚飾の排除とし、人間の生活態度を中心に捉えた「美しい生活を盛るための均衡のとれたうつわ」として高く評価しました。
★2 堀口捨己『堀口捨己作品・家と庭の空間構成』、鹿島出版会、1973年、12頁参照。
堀口は、建築の美を絵画や彫刻といった装飾に頼るものではなく、事物的要求を充たす工学技術によって構築された立体や平面の構成そのもの(純化された「もの」)によって独立して表現されると論じています。
★3 Liam Gillick, Abstract, OnCurating, Issue 20.
ギリックは、不可視の「抽象」を具象作品へと落としこむ試みは、つねに本質的な「欠落(表現の失敗)」を生みだすと指摘します。しかし同時に、この欠落のあらわれこそが作品を完結した存在から解放し、いまだ見ぬ「あらたな抽象」を生み出す契機となります。こうした作品の展開は、抽象の具体化というプロセスそれ自体を鑑賞者に開示するテストサイトとして機能しています。
★4 丹下健三「日本建築における伝統と創造ー桂」、『桂 KATSURA 日本建築における伝統と創造』、写真:石元泰博、造型社、1960年、30頁参照。
丹下は西洋建築が重力に挑む空間であるのに対し、日本建築の空間や力学的秩序は「二次元的に抽象化」され、平面上の美的均衡へと形式化される特質をもつと指摘しています。
★5 磯崎新、岡崎乾二郎『漢字と建築』、INAX出版、2003年、17頁参照。
★6 Boris Groys, Politics of Installation, e-flux journal, no. 2, January 2009.
グロイスは、インスタレーションを公共空間の主権的「私有化」と解釈し、既存の制度や機能から解き放たれたものや空間の潜在性を立ちあがらせる実践であると論じます。
主催:SUCHSIZE
助成:公益財団法人 西枝財団「瑞雲庵における若手創造者支援事業」
翻訳:和田太洋、Mary Lou DAVID
設営:霜野 真瑛
お問合わせ先:https://www.suchsize.com/
【ご見学上のご注意】
•鑑賞順路に屋外の庭園(階段・段差あり/バリアフリー非対応)を含みます。
•自然光を生かした展示のため、天候や時間帯により館内が暗くなります。

アーティスト / TRA-TRAVEL共同創業者 / SUCHSIZEディレクター。
大阪を拠点に国内外の歴史や習俗、習慣をもとに、社会や身体、日常に内在する営為を視覚化する作品を発表し続けている。2019年には「TRA-TRAVEL(トラトラベル)」を立ち上げ、国際的なアートネットワークを創造するプロジェクトを企画。また2024年からは、大阪市にアートラボ「SUCHSIZE(サッチサイズ)」をオープンし、展覧会やトークイベントをキュレーションし、現代美術が社会や地域にどのように働きかけていけるかを探求している。
https://www.suchsize.com/
https://tra-travel.art/
参考写真:Nobuaki Onishi, ‘Re-Mirroring Matter’ installation view, 2026. Curated by Yukawa-Nakayasu
東京藝術大学大学院修士課程修了後、青木淳建築計画事務所(現 AS)を経て、中村竜治建築設計事務所を設立。主な仕事に、東京室内歌劇場オペラ「ル・グラン・マカーブル」舞台美術、神戸市役所1号館1階市民ロビー改装、MA nature、GOLDWIN PLAY EARTH PARK 風の遊具、JINS佐久平店、21_21 DESIGN SIGHT「Material, or 」会場構成、住宅地に立つ倉庫、久万山能舞台など。
主な展示に、「とうもろこし畑」(グループ展「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」東京国立近代美術館)、「ダンス」(グループ展「反重力」豊田市美術館)、「柱」(グループ展「synthesis」レイキャビック美術館)、「関係」「ロープとホース」「無関係」(グループ展「第八次椿会 この新しい世界」資生堂ギャラリー)など。著書に「現代建築家コンセプト・シリーズ16 中村竜治|コントロールされた線とされない線」(LIXIL出版)。主な受賞に、The Great Indoors Award(現 FRAME Awards)部門最優秀賞、京都建築賞優秀賞、JIA新人賞など。
https://www.ryujinakamura.com/
参考写真:Ryuji Nakamura, 住宅地に立つ倉庫 / 2023
1988年熊本県生まれ。京都嵯峨芸術大学短期大学部美術学科卒業。 2023 年ポーラ美術振興財団在外研修員としてフランスにて研修。現在、滋賀県在住。
近年の主な展覧会に、「壁」(京都市京セラ美術館、2026年)、「ポーラ ミュージアム アネックス展 2026 -文様のその先-」(ポーラ ミュージアム アネックス、東京、2026年)、「Woven Knot」(gallery chosun、ソウル、2024年)、「not a house」(MBL Architectes、パリ、2024年)、「VOCA2024」(上野の森美術館、東京、2024)、「石と植物」(滋賀県立美術館、2022年)「Soft Territory かかわりのあわい」(滋賀県立美術館、2021年)など。
参考写真:Soshi Matsunobe Shelf #2 Plywood / 1800x900x285cm / 2013/2026